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宋代の酒の書物として元豊元年(1078年)に竇苹

宋代の酒の書物として元豊元年(1078年)に竇苹によって書かれた『酒譜』[注釈 10]と政和七年(1117年)に朱翼中によって書かれた『北山酒経』が挙がる。『酒譜』は酒に関する様々な話題を集めた書であり、『北山酒経』は酒の製法に関しての書である。

現在の中国酒には黄酒(醸造酒)と白酒(蒸留酒)の二系統があるが、この時代にはまだ白酒が存在せず、『北山酒経』には醸造酒の製法しか書いていない[注釈 11]。

酒を造るに当たり、原料としてはもち米が普通。これに水を加えて発酵させ、漿を作る。これに麹を加えて酒を作る。#専売で上述したように宋代では政府だけが麹を作り、これを酒造業者に卸すことで酒を専売品としていた。小麦粉から麹を主原料として作る酒を北酒、米から麹を作るのを南酒と呼んだ。

また麹には様々な薬草が混ぜられ、それによって武陵桃源酒とか冷泉酒などの種類に分かれている。またミカン・ブドウ・ウメ・レイシなどの果実の名前を冠した酒も見受けられる。

首都・開封の大通りには料理店・酒楼が多数軒を連ね、その正確な数はとても分からないほどであるという。店に入ると行菜と呼ばれるボーイが箸と紙を持って注文を聞きにくる。この時に熱い・冷たい・脂の多少など好みを細かく注文することも出来る。もし注文が間違っていたりした場合には店主がこれを叱り付け、減棒や酷いときには首になったという。また店で出す料理以外にも碗などに料理を入れて持ってくる物売りが出入りしており、これも楽しむことが出来た。ただし半分押し売り気味に売りつけていくことも多かったようである。

酒楼には妓女が付き物であり、最大級の店である任店には数百人の妓女がいたという。また妓女にも流しの妓女がおり、店の中に勝手に入って勝手に酌をして後から料金を請求するという。

料理店の中で大きなものを分茶といいこれが総合レストランとすれば、各種の特別な料理を出す専門店があった。「素分茶」・「川飯店」・「南食店」・「瓢羹店」などなど。素分茶は精進料理、川飯店は四川料理・南食店は江南料理、瓢羹店は羹(スープ)料理である。

当時の家庭ではこれら料理店から出前を取って自分の家では料理を作らないで済ますことも多かったという。

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2009年01月07日 07:56に投稿されたエントリーのページです。

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